再エネと社会の倫理

バッテリーサプライチェーンにおける労働倫理とデューデリジェンス:再生可能エネルギー社会を支える責任

Tags: 再生可能エネルギー, バッテリー, サプライチェーン, 労働倫理, デューデリジェンス, 人権, ESG

再生可能エネルギーの普及とサプライチェーンの倫理的側面

再生可能エネルギー(再エネ)への移行は、気候変動対策の中核として世界中で加速しています。その中で、太陽光発電や電気自動車(EV)に不可欠なバッテリー技術は、再エネ社会の実現を支える重要な基盤です。しかし、この急速な需要拡大の裏側には、バッテリーの原材料調達から製造に至るサプライチェーンにおいて、看過できない労働倫理上の課題が潜んでいます。持続可能な再エネ社会を構築するためには、技術や経済性だけでなく、サプライチェーン全体の倫理的側面への配慮が不可欠です。

本稿では、バッテリーサプライチェーンにおける具体的な労働倫理の課題を掘り下げ、国際的なデューデリジェンスの要請と企業の対応、そして実効性のあるフレームワークについて考察します。

バッテリーサプライチェーンにおける労働倫理の課題

バッテリーの主要な構成要素であるコバルト、リチウム、ニッケルなどの原材料は、特定の地域に偏在しており、その採掘現場や加工プロセスにおいて深刻な人権侵害のリスクが指摘されています。

1. 原材料採掘におけるリスク

特に、コバルト採掘においては、コンゴ民主共和国での児童労働や強制労働、劣悪な労働環境が国際社会で長年問題視されてきました。アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体は、手掘りによる危険な採掘作業、適切な保護具の欠如、健康被害、不当な低賃金といった課題を繰り返し報告しています。リチウムやニッケルの採掘においても、先住民族の土地権利侵害やコミュニティへの不十分な情報開示、水資源の枯渇といった環境問題と結びついた社会的な軋轢が発生する可能性があります。

2. 加工・製造段階のリスク

採掘された原材料は、複数の国を経由して精錬・加工され、最終的にバッテリーセルやパックの製造へとつながります。この加工・製造段階においても、労働者の安全衛生管理の不徹底、長時間労働、適正な賃金の未払い、結社の自由の侵害など、国際労働基準に抵触する慣行が問題となることがあります。サプライチェーンが複雑化し、多層的になるほど、これらの問題の把握と解決は困難になります。

国際的な動向とデューデリジェンスの要請

これらの課題に対し、国際社会は企業に対して、サプライチェーン全体での人権・環境デューデリジェンス(Human Rights and Environmental Due Diligence: HREDD)の実施を強く要請しています。

1. 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」

2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」は、企業が人権を尊重する責任(Respect)、国家が人権を保護する義務(Protect)、そして救済へのアクセス(Remedy)という3つの柱を確立しました。企業の人権尊重責任は、自社の事業活動だけでなく、サプライチェーン全体にわたる人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、説明責任を果たすことを求めています。

2. OECD「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」

経済協力開発機構(OECD)は、特定の産業セクターに特化したデューデリジェンスのガイダンスを提供しており、「責任ある鉱物サプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」はその代表例です。このガイダンスは、紛争地域や高リスク地域からの鉱物調達におけるデューデリジェンスの5つのステップ(強固な企業マネジメントシステムの構築、リスクの特定と評価、リスクへの対応策の設計と実施、独立した第三者監査の実施、年次報告)を詳細に提示しています。

3. 法制化の進展

近年、欧州を中心にデューデリジェンスの法制化が進んでいます。例えば、ドイツのサプライチェーンデューデリジェンス法や、欧州連合(EU)で議論されている企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)は、企業に対し、サプライチェーン全体での人権・環境リスク評価と是正措置を義務付けるものです。また、EUバッテリー規則は、2027年以降にEU市場で販売されるEV用バッテリーなどに、コバルト、リチウム、ニッケルなどのリサイクル含有量表示やカーボンフットプリント表示を義務付け、サプライチェーンの透明性を高める措置を含んでいます。これらの動向は、日本企業を含むグローバル企業に対し、サプライチェーン管理の抜本的な見直しを迫るものと言えるでしょう。

企業が実践すべきデューデリジェンスのフレームワーク

企業がバッテリーサプライチェーンにおける人権リスクに効果的に対処するためには、以下の要素を含む堅固なデューデリジェンスのフレームワークを構築し、継続的に運用することが求められます。

1. ポリシーコミットメントの表明とガバナンス体制の構築

まず、企業は人権尊重に関する明確なポリシーコミットメントを公表し、取締役会レベルで責任者を定めるなど、トップマネジメントの関与を明確にすることが重要です。

2. リスクの特定と評価

サプライチェーン全体における人権侵害のリスクを特定し、その深刻度や発生可能性を評価します。これには、サプライヤーへのアンケート調査、現地視察、第三者機関による評価、市民社会組織(CSO)や人権専門家との対話などが含まれます。地理的リスクや製品ごとのリスクを考慮し、特に高リスクな原材料や地域に焦点を当てることが効果的です。

3. リスクの防止・軽減策の実施

特定されたリスクに対して、具体的な防止・軽減策を策定し、実行します。例えば、高リスク地域のサプライヤーに対しては、行動規範の遵守を求め、定期的な監査を実施するほか、能力構築支援を通じてサプライヤー自身のマネジメントシステム改善を促すことも有効です。また、児童労働や強制労働が確認された場合には、適切な是正措置(例:教育機会の提供、生活支援)を講じることが不可欠です。

4. 効果の追跡と評価

実施した施策が実際に人権状況の改善に寄与しているかを継続的に追跡し、その効果を評価します。定量的な指標(例:監査結果の改善度、苦情処理件数)と定性的な情報(例:労働者や地域住民からのフィードバック)の両方を活用することが望ましいです。

5. 報告と透明性の確保

デューデリジェンスの取り組み状況、リスク評価の結果、実施した措置、そしてその効果について、ステークホルダーに対して透明性のある形で報告します。これは、企業のウェブサイトやサステナビリティレポートなどで公開されることが一般的です。

6. 苦情処理メカニズムの構築

サプライチェーン上の労働者や地域住民が、人権侵害の懸念を安全に報告できる苦情処理メカニズムを構築し、被害者への実効的な救済へのアクセスを確保することが重要です。

結論:公正な再エネ社会に向けた企業の責任

再生可能エネルギーへの転換は、環境面での持続可能性に貢献する一方で、そのサプライチェーンにおける社会・倫理的な側面への配慮が欠かせません。バッテリーサプライチェーンにおける労働倫理の課題は、単なる企業の評判リスクに留まらず、再エネ社会そのものの持続可能性と正当性に深く関わる問題です。

企業は、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」やOECDガイダンスに基づき、サプライチェーン全体での人権・環境デューデリジェンスを包括的かつ継続的に実践する責任があります。これは、単に法規制を遵守するだけでなく、企業価値の向上、ブランド信頼性の確立、そして真に公正で持続可能な再エネ社会の実現に向けた能動的な貢献となるものです。サプライチェーンにおける倫理的な課題に真摯に向き合うことが、再エネの未来を拓く鍵となるでしょう。